Generalpause
日々の出来事を思うままに、自分の言葉で…
過ちは繰り返しませぬから
- 2015/05/23 (Sat)
- 被爆ピアノ関連 |
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本番後のアドレナリン放出のため、寝付けなくて。
テレビを見ています。
原爆資料館に寄贈される、遺品の特集です。
過去に放送されたものですが。
いろんな想いがあるんですね。ご遺族の方々にとっては、戦争は過去のことでありながら、今でも同じ苦しみがあるのだと思いました。
寄贈される点数も少なくなったそうです。
遺品が語る力は、すごいものがあります。その遺品を多く展示するために、ロウ人形を撤去するとのこと。
あのロウ人形ね、あんなものじゃなかったと思いますよ。現実には。でも、私は、無いよりは、あった方がいいと思っています。子供の頃、あれを見て、怖くなって、眠れなくなったことがあります。
その体験も、必要だったと、思います。
あの日、あの時、自分がそこにいたら…
そう思うことも大事。置き換えて考えることから始まると思っています。
テレビなどの報道機関は、被爆二世、三世、の証言を求めます。でも、被爆二世、三世でなくても、平和に対する想いはあるのです。平和は、被爆者だけのものではありません。私達、生きている者全ての人にとって、大切で、尊く、必要なことなのです。
私は、私なりの手段、音楽を通して、歌うことを通して、平和活動をして行きたいと思います。
風化させないために。忘れないために。伝え続けるために。
平和記念式典不要論を唱える人もいます。莫大な税金が投入されるから。
でも、必要なんです。伝えなければならないのです。アピールしなければならないのです。
世界の要人が集まり、人々が集まり、暑い、あの日に、あの時刻に、黙祷を捧げ続ける。何があったのかを知る。触れる。それは絶対に必要な行為なのです。
なぜなら、人間は、忘れる生き物だから。
あの平和記念式典を行わず、風化させないための、あれ以上の訴え方があるのなら、教えて下さい。
と思う。
子供の頃、ずっとあの式典に出席して、歌っていました。だからこそ、大切な式典であることを理解しています。
言うは易し。文句を言うのは簡単。言うのなら、代替案を提示した上で言って欲しい。そして、実現出来る力がある人が言って欲しい。具体的に動いて欲しい。
簡単に文句を言う人ほど、信念がないし、一面だけを捉えて判断するので、考えが浅く、意見がコロコロ変わることが多いのが特徴。
だから、二度も原子爆弾を狭い日本に落とす意味があったのか、広島だけで良かったのでは、という、浅はかで、愚かなことを言うようになるのです。平気で、ネットにそんなことを書いたりするのです。
馬鹿を言うなと言いたい。
一発たりとも、原子爆弾など使ってはならなかったのです。広島にも、長崎にも、落とされてはならないものだったのです。
どんな平和教育を受けてきたのだろうかと思う。
人類全てが反省し、心に刻むべきこと。と、私は思います。
被爆し、戦い、亡くなった方々、そのご家族の方々…。あの日さえなければ…何度思われたことか。
その事を、私達が伝え続けなければならないのです。
私は、たまたま、戦後に生まれ育っただけのこと。あの時、私は、もしかしたら、被爆して即死していたかもしれない。溶けていたかもしれない。
被爆ピアノ平和コンサートに向かう日は、必ず、そのことを一度心に思い浮かべてから挑みます。
たくさんの命に対して、真摯に向き合うために。
平和であり続けたいと思います。
私は、私のなすべきことを、ひたむきに行います。これからも、変わらず、自分の信念とともに。
今年も、8月6日のアオギリ平和コンサートで、演奏致します。私なりの想いと共に。
過ちは繰り返しませぬから。
私達は、そう誓ったのです。過ちを繰り返さないために、人々は交流し、交渉するのです。そのために、知識が必要なのです。だから、学ぶのです。
丁寧に、生きていきたいと思います。
被爆ピアノ平和コンサート、頑張ります。
30日に歌う、坪北紗綾香さんの合唱組曲「原爆ドーム」独唱版の初演、魂を込めて、全力で演奏します。
是非、聴いて下さい。
眠れない夜の独り言でした。
テレビを見ています。
原爆資料館に寄贈される、遺品の特集です。
過去に放送されたものですが。
いろんな想いがあるんですね。ご遺族の方々にとっては、戦争は過去のことでありながら、今でも同じ苦しみがあるのだと思いました。
寄贈される点数も少なくなったそうです。
遺品が語る力は、すごいものがあります。その遺品を多く展示するために、ロウ人形を撤去するとのこと。
あのロウ人形ね、あんなものじゃなかったと思いますよ。現実には。でも、私は、無いよりは、あった方がいいと思っています。子供の頃、あれを見て、怖くなって、眠れなくなったことがあります。
その体験も、必要だったと、思います。
あの日、あの時、自分がそこにいたら…
そう思うことも大事。置き換えて考えることから始まると思っています。
テレビなどの報道機関は、被爆二世、三世、の証言を求めます。でも、被爆二世、三世でなくても、平和に対する想いはあるのです。平和は、被爆者だけのものではありません。私達、生きている者全ての人にとって、大切で、尊く、必要なことなのです。
私は、私なりの手段、音楽を通して、歌うことを通して、平和活動をして行きたいと思います。
風化させないために。忘れないために。伝え続けるために。
平和記念式典不要論を唱える人もいます。莫大な税金が投入されるから。
でも、必要なんです。伝えなければならないのです。アピールしなければならないのです。
世界の要人が集まり、人々が集まり、暑い、あの日に、あの時刻に、黙祷を捧げ続ける。何があったのかを知る。触れる。それは絶対に必要な行為なのです。
なぜなら、人間は、忘れる生き物だから。
あの平和記念式典を行わず、風化させないための、あれ以上の訴え方があるのなら、教えて下さい。
と思う。
子供の頃、ずっとあの式典に出席して、歌っていました。だからこそ、大切な式典であることを理解しています。
言うは易し。文句を言うのは簡単。言うのなら、代替案を提示した上で言って欲しい。そして、実現出来る力がある人が言って欲しい。具体的に動いて欲しい。
簡単に文句を言う人ほど、信念がないし、一面だけを捉えて判断するので、考えが浅く、意見がコロコロ変わることが多いのが特徴。
だから、二度も原子爆弾を狭い日本に落とす意味があったのか、広島だけで良かったのでは、という、浅はかで、愚かなことを言うようになるのです。平気で、ネットにそんなことを書いたりするのです。
馬鹿を言うなと言いたい。
一発たりとも、原子爆弾など使ってはならなかったのです。広島にも、長崎にも、落とされてはならないものだったのです。
どんな平和教育を受けてきたのだろうかと思う。
人類全てが反省し、心に刻むべきこと。と、私は思います。
被爆し、戦い、亡くなった方々、そのご家族の方々…。あの日さえなければ…何度思われたことか。
その事を、私達が伝え続けなければならないのです。
私は、たまたま、戦後に生まれ育っただけのこと。あの時、私は、もしかしたら、被爆して即死していたかもしれない。溶けていたかもしれない。
被爆ピアノ平和コンサートに向かう日は、必ず、そのことを一度心に思い浮かべてから挑みます。
たくさんの命に対して、真摯に向き合うために。
平和であり続けたいと思います。
私は、私のなすべきことを、ひたむきに行います。これからも、変わらず、自分の信念とともに。
今年も、8月6日のアオギリ平和コンサートで、演奏致します。私なりの想いと共に。
過ちは繰り返しませぬから。
私達は、そう誓ったのです。過ちを繰り返さないために、人々は交流し、交渉するのです。そのために、知識が必要なのです。だから、学ぶのです。
丁寧に、生きていきたいと思います。
被爆ピアノ平和コンサート、頑張ります。
30日に歌う、坪北紗綾香さんの合唱組曲「原爆ドーム」独唱版の初演、魂を込めて、全力で演奏します。
是非、聴いて下さい。
眠れない夜の独り言でした。
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Shima
性別:
女性
職業:
声楽家/声楽講師
趣味:
ドライブ、料理、美術館めぐり
自己紹介:
広島で活動中の声楽家です。
ホームページもご覧下さい。末永くよろしくお願い致します。
なお、コメントは承認制になりますので、反映されるまで時間がかかります。ご了承下さい。
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