Generalpause
日々の出来事を思うままに、自分の言葉で…
お仕事の日曜日
- 2013/10/20 (Sun)
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本日も朝からお仕事に行って参りました。とっても眠かった…。昨日の車酔いが結構パンチが強くて(笑)ダメージが残っておりました。でも、お仕事はお仕事。頑張って行くしかないのです。生徒さんが待ってて下さるので。
レッスンをして、遅めのお昼ご飯を食べて、時間があったので、2ヶ月ぶりくらいに原爆資料館へ行ってきました。普段、平和公園に行く時は、写真を撮らないんです。なんとなく撮れなくて。でも、今日は、広島以外の方々もブログをご覧になっていたらと思って、撮ってきました。
被爆ピアノコンサートに携わらせて頂いてからは月1回くらいは通っているのです。今日は修学旅行の学生さんが多かったです。小学生から中学生が多かったかな。
入ってすぐ、合唱が聴こえて来ました。「折り鶴」です。子供の声だ…と思って、その方向へ歩いていきました。リコーダーで音を取りながら歌っていて、不覚にもこの時点で号泣する私(笑)年を取りましたな。すぐ泣いてしまう。ひたむきだったのです。子供達の声が。いいなーと思って。この経験を忘れないでほしいなと思いました。
佐々木禎子さんが亡くなるまで折り鶴を折り続けたことが物語になって語り継がれています。ここにはたくさんの折り鶴が寄贈されています。
資料館に入って間もない頃には、原爆のことを冷やかしたり、冗談ばかり言っている子達も、蝋人形を見るあたりから変わってくるのです。だんだん、現実的に捉えるようになるんでしょうね。
あの時間です。広島の時間が止まった瞬間です。
この三輪車の持ち主の男の子は、原爆が落とされた翌日に亡くなったそうです。ご遺体と一緒に埋めたのですが、後に掘り起こしてご遺骨はお墓に埋葬し、三輪車も掘り起こしたのだそうです。もうこのあたりから胸が重たくなります。
そして、今日の資料館訪問の目的はこちらでした。
佐々木禎子さんの折り鶴に会いにきました。ご命日の10月25日が、折り鶴の日に制定されることになりました。それを記念してアオギリ平和コンサートを行うことになり、私も演奏させて頂くことになっています。14時から17時半までの演奏で、私とピアニストの森須さんが17時から17時半まで務めさせて頂きます。どうしてもその日、アオギリ平和コンサートを行いたいのです。でも、台風が近付いています。進路次第では中止になります。禎子さんの折り鶴に、雨が止みますようにとお願いしてきました。
いつもこの折り鶴を見ると、感心することがあります。とても丁寧なのです。几帳面な折り目で本当に美しい鶴なんですよ。
私ももちろん折り鶴は折ったことがありますし、千羽鶴も作ったことがあります。丁寧にきちんと折るのはなかなか大変なことです。でも、亡くなるまで、折り続けた気持ちを思うと、1日でも長く生きたいという想いが突き刺さるようです。亡くなる直前、何が食べたい?と問われ「おちゃづけがたべたい」と言った時の気持ち。ご家族の想い。
折り鶴は、本当に重たいです。いつもこの折り鶴の前で、足が止まります。何度訪れても。展示を見終わると、しばらく話したくなくなります。自分が歩いている道も、たくさんのご遺体があったのかと思うと、歩くのも怖くなることがあります。
そのあと、駐車場で少し休みました。いろいろ考えてしまいましたが…その後は、合唱団のヴォイストレーナーのお仕事があったので、気持ちを切り替えることに集中しました。
夜までお仕事がありました。今日も長い一日でした。平和でなければいけません。どうか、アオギリ平和コンサートが開催できますように。ご命日に演奏したい。それだけです。
寄贈された折り鶴の中に「いつでも平和がいいです。そのためには、けんか1つなくしたいです」「小さな思いやりを増やしていきたいです」と書いてありました。今日、一番感動したことでした。この想いがそれぞれの中に芽生えたらいいな。明日も穏やかでありますように。おやすみなさい。
レッスンをして、遅めのお昼ご飯を食べて、時間があったので、2ヶ月ぶりくらいに原爆資料館へ行ってきました。普段、平和公園に行く時は、写真を撮らないんです。なんとなく撮れなくて。でも、今日は、広島以外の方々もブログをご覧になっていたらと思って、撮ってきました。
被爆ピアノコンサートに携わらせて頂いてからは月1回くらいは通っているのです。今日は修学旅行の学生さんが多かったです。小学生から中学生が多かったかな。
入ってすぐ、合唱が聴こえて来ました。「折り鶴」です。子供の声だ…と思って、その方向へ歩いていきました。リコーダーで音を取りながら歌っていて、不覚にもこの時点で号泣する私(笑)年を取りましたな。すぐ泣いてしまう。ひたむきだったのです。子供達の声が。いいなーと思って。この経験を忘れないでほしいなと思いました。
佐々木禎子さんが亡くなるまで折り鶴を折り続けたことが物語になって語り継がれています。ここにはたくさんの折り鶴が寄贈されています。
資料館に入って間もない頃には、原爆のことを冷やかしたり、冗談ばかり言っている子達も、蝋人形を見るあたりから変わってくるのです。だんだん、現実的に捉えるようになるんでしょうね。
あの時間です。広島の時間が止まった瞬間です。
この三輪車の持ち主の男の子は、原爆が落とされた翌日に亡くなったそうです。ご遺体と一緒に埋めたのですが、後に掘り起こしてご遺骨はお墓に埋葬し、三輪車も掘り起こしたのだそうです。もうこのあたりから胸が重たくなります。
そして、今日の資料館訪問の目的はこちらでした。
佐々木禎子さんの折り鶴に会いにきました。ご命日の10月25日が、折り鶴の日に制定されることになりました。それを記念してアオギリ平和コンサートを行うことになり、私も演奏させて頂くことになっています。14時から17時半までの演奏で、私とピアニストの森須さんが17時から17時半まで務めさせて頂きます。どうしてもその日、アオギリ平和コンサートを行いたいのです。でも、台風が近付いています。進路次第では中止になります。禎子さんの折り鶴に、雨が止みますようにとお願いしてきました。
いつもこの折り鶴を見ると、感心することがあります。とても丁寧なのです。几帳面な折り目で本当に美しい鶴なんですよ。
私ももちろん折り鶴は折ったことがありますし、千羽鶴も作ったことがあります。丁寧にきちんと折るのはなかなか大変なことです。でも、亡くなるまで、折り続けた気持ちを思うと、1日でも長く生きたいという想いが突き刺さるようです。亡くなる直前、何が食べたい?と問われ「おちゃづけがたべたい」と言った時の気持ち。ご家族の想い。
折り鶴は、本当に重たいです。いつもこの折り鶴の前で、足が止まります。何度訪れても。展示を見終わると、しばらく話したくなくなります。自分が歩いている道も、たくさんのご遺体があったのかと思うと、歩くのも怖くなることがあります。
そのあと、駐車場で少し休みました。いろいろ考えてしまいましたが…その後は、合唱団のヴォイストレーナーのお仕事があったので、気持ちを切り替えることに集中しました。
夜までお仕事がありました。今日も長い一日でした。平和でなければいけません。どうか、アオギリ平和コンサートが開催できますように。ご命日に演奏したい。それだけです。
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プロフィール
HN:
Shima
性別:
女性
職業:
声楽家/声楽講師
趣味:
ドライブ、料理、美術館めぐり
自己紹介:
広島で活動中の声楽家です。
ホームページもご覧下さい。末永くよろしくお願い致します。
なお、コメントは承認制になりますので、反映されるまで時間がかかります。ご了承下さい。
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