Generalpause
日々の出来事を思うままに、自分の言葉で…
ほら吹きだった祖父(笑)
- 2013/11/10 (Sun)
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本日、これにて閉店。閉店前のつぶやき。
今日は楽しい一日でした。忙しかったけれど、ちゃんと選挙にも行ったし、充実した一日でした。久しぶりにいい一日でした。
こういう日ってありそうでないものですよね。無理矢理いい一日でしたというのも嫌だし、勝手ながら、私のブログなので、正直に書きたいし(笑)。
明日は、午後一でライフワンレッスン。それから音高でレッスン。またライフワンに戻って夜までレッスンという一日。往復ですね。よくあることです。一人の生徒さんのためでも行きます。
皮膚科にそろそろ行かないと。と言っても火曜日の午前中しか空いていないので、必然的にそこになる。それを過ぎると…薬が無いのでアウト。またすぐ蕁麻疹が出てしまうので、火曜日頑張って起きます(笑)
木曜日、美容院とマッサージを希望。そう、あくまでも「希望」(笑)レッスン最優先ですから。
以前、ちょっと書いた、ほら吹きな我がおじいちゃんの話。私がなぜ、はさみを両手で切る事が出来るのかを本日最後のつぶやきにしたいと思います(^^)
私は、おじいちゃん子でした。よく祖父母が私の家に来ていたのですが、嬉しくて嬉しくて。祖父母が帰る時など、吐くほど泣いて「やめようか」と言わせるほどだったと言われます。赤ちゃんの頃から、気が付くとおじいちゃんの膝にちょこんと座っていたそうです。
おじいちゃんは、人を楽しませる、ほら吹きでした。夏のある日、帰宅したら、突然祖父母が来ていて私は大喜び。おじいちゃんが「今日は、アイスクリームをいっぱい買ってきたぞ。何十本って買ったんだ。冷凍庫にあるよ」と言いました。子供な私は喜び勇んで冷凍庫へ。ありました。…ありましたが…2本。いっぱいって言ったよね。何十本って…。おじいちゃん?
「暑くて、溶けたんよ。抱えて帰ったんじゃけど、全部溶けて、中心にあった2本だけが残ったんよ」
…じいさん。じいさんっ!
そんな祖父は、こうも言いました。「久美子は左手ではさみが使えるか?おじいちゃんは、なんでもできるんだ。ん?できんのか?つまらんのぅ。案外じゃったのぅ。できんのかー。」元来とっても負けず嫌いな私。次に会うまでに絶対に使えるようになってやると決意した小さな久美子ちゃんは、その日から練習を始めました。それはもう健気なほどに。
和裁をしていた母親のはさみを借りて、日々練習。新聞は無惨にも切り刻まれ、紙切れだらけになりました。やっと、思うように切れるようになった頃、おじいちゃんが来ました。誇らしげに「出来るようになったよ!おじいちゃん、なんか切ろう!」と誘ったのです。でもおじいちゃんは「今日は手が痛い」と拒否。…そう、最初から左手ではさみなど使えなかったのです。
いろいろ、楽しいことを提供してくれました。大好きな祖父母でした。お箸の持ち方も、魚の綺麗な食べ方も、祖父母が教えてくれました。
今でも左手ではさみを使います。細かい作業のときは特に左手です。利き手は右なのですが、おそらく元々は左手が利き手だったのだと思います。握力も左の方が強いので。でも、多分、それが良かったのだと思います。ピアノを弾くのにとても良かったと思います。
何より、左手ではさみを使う時、祖父母のことを思い出すのです。それが一番良かったと思います。懐かしいな。ほんと、大好きでした。その祖父の血を引いた叔父のことも大好きでした。今はもうみんな天国に行きました。寂しいですね。
さて。眠くなって来ました。珍しい!やらなくちゃいけない作業があるのですが、今日は極端に眠いので寝ます。眠いチャンスを逃すと眠れなくなるので、後ろめたさをごまかして(笑)寝ます。明日の朝早めに起きて、1時間ほど仕事をしよう。
今日一日に感謝です。明日も頑張ります。いい一日になりますように。おやすみなさい。
今日は楽しい一日でした。忙しかったけれど、ちゃんと選挙にも行ったし、充実した一日でした。久しぶりにいい一日でした。
こういう日ってありそうでないものですよね。無理矢理いい一日でしたというのも嫌だし、勝手ながら、私のブログなので、正直に書きたいし(笑)。
明日は、午後一でライフワンレッスン。それから音高でレッスン。またライフワンに戻って夜までレッスンという一日。往復ですね。よくあることです。一人の生徒さんのためでも行きます。
皮膚科にそろそろ行かないと。と言っても火曜日の午前中しか空いていないので、必然的にそこになる。それを過ぎると…薬が無いのでアウト。またすぐ蕁麻疹が出てしまうので、火曜日頑張って起きます(笑)
木曜日、美容院とマッサージを希望。そう、あくまでも「希望」(笑)レッスン最優先ですから。
以前、ちょっと書いた、ほら吹きな我がおじいちゃんの話。私がなぜ、はさみを両手で切る事が出来るのかを本日最後のつぶやきにしたいと思います(^^)
私は、おじいちゃん子でした。よく祖父母が私の家に来ていたのですが、嬉しくて嬉しくて。祖父母が帰る時など、吐くほど泣いて「やめようか」と言わせるほどだったと言われます。赤ちゃんの頃から、気が付くとおじいちゃんの膝にちょこんと座っていたそうです。
おじいちゃんは、人を楽しませる、ほら吹きでした。夏のある日、帰宅したら、突然祖父母が来ていて私は大喜び。おじいちゃんが「今日は、アイスクリームをいっぱい買ってきたぞ。何十本って買ったんだ。冷凍庫にあるよ」と言いました。子供な私は喜び勇んで冷凍庫へ。ありました。…ありましたが…2本。いっぱいって言ったよね。何十本って…。おじいちゃん?
「暑くて、溶けたんよ。抱えて帰ったんじゃけど、全部溶けて、中心にあった2本だけが残ったんよ」
…じいさん。じいさんっ!
そんな祖父は、こうも言いました。「久美子は左手ではさみが使えるか?おじいちゃんは、なんでもできるんだ。ん?できんのか?つまらんのぅ。案外じゃったのぅ。できんのかー。」元来とっても負けず嫌いな私。次に会うまでに絶対に使えるようになってやると決意した小さな久美子ちゃんは、その日から練習を始めました。それはもう健気なほどに。
和裁をしていた母親のはさみを借りて、日々練習。新聞は無惨にも切り刻まれ、紙切れだらけになりました。やっと、思うように切れるようになった頃、おじいちゃんが来ました。誇らしげに「出来るようになったよ!おじいちゃん、なんか切ろう!」と誘ったのです。でもおじいちゃんは「今日は手が痛い」と拒否。…そう、最初から左手ではさみなど使えなかったのです。
いろいろ、楽しいことを提供してくれました。大好きな祖父母でした。お箸の持ち方も、魚の綺麗な食べ方も、祖父母が教えてくれました。
今でも左手ではさみを使います。細かい作業のときは特に左手です。利き手は右なのですが、おそらく元々は左手が利き手だったのだと思います。握力も左の方が強いので。でも、多分、それが良かったのだと思います。ピアノを弾くのにとても良かったと思います。
何より、左手ではさみを使う時、祖父母のことを思い出すのです。それが一番良かったと思います。懐かしいな。ほんと、大好きでした。その祖父の血を引いた叔父のことも大好きでした。今はもうみんな天国に行きました。寂しいですね。
さて。眠くなって来ました。珍しい!やらなくちゃいけない作業があるのですが、今日は極端に眠いので寝ます。眠いチャンスを逃すと眠れなくなるので、後ろめたさをごまかして(笑)寝ます。明日の朝早めに起きて、1時間ほど仕事をしよう。
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プロフィール
HN:
Shima
性別:
女性
職業:
声楽家/声楽講師
趣味:
ドライブ、料理、美術館めぐり
自己紹介:
広島で活動中の声楽家です。
ホームページもご覧下さい。末永くよろしくお願い致します。
なお、コメントは承認制になりますので、反映されるまで時間がかかります。ご了承下さい。
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